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この本が読みたい! 宇宙篇

昔々、まだ日記を毎日(か、それに準ずる頻度で)更新できるという幻想を抱いていたころのこと。日記中で、宇宙と関係しているタイトルの小説をレビューするという構想をぶちあげたことがあった。が、まあ、案の定というかなんというか、諸々の事情により全然webを更新しなくなってしまい、計画はあっさりと頓挫してしまった。月日は流れ、結局日記なんて書くもんじゃないなと思った私は、一週間くらいの間隔でレビューをアップしようと決心した。で、ついでなら以前考えた「宇宙に関係したタイトルの小説レビュー」を復活させてみたらどうだろうと思いたったのだった。ま、どれくらいの頻度で更新できるかは不明だが、のんびりと適当に書いていきたい。


『稲妻よ、聖なる星をめざせ!』

〈スコーリア戦史〉第二弾。ちなみに、以前「宇宙に関係しているタイトルをレビューする企画」をたてた時にちょうど前作である『飛翔せよ、閃光の虚空へ!』が出ていて、その時は「いやー、残念だなあ『虚空』はいまいち宇宙っぽくないからレビューできないや、はっはっはっ」とか書いて逃げようとか思っていたのだった。が、今回のタイトルは『稲妻よ、聖なるをめざせ!』。センス云々はまあ置いて、「星」はさすがに宇宙だろうなあ。ってことで感想を少々。

 ……とは言うものの、さして書くことはないなあ。また前作に引き続きハーレクイン色がまことに強くて、これが許容できるかどうかで好みが別れそう。ただ、同時にハードSF色も結構強いのだけど、それがうまく物語に生かされているかというと、ちょっと疑問。特にジャグ機(実は本書のなかで一番魅力的なのがこれ)の扱いが中途半端なのが象徴的で、いくら面白そうなテクノロジーが描かれていたとしても、結局ロマンス(それから、フェミニズム)の一要素として消化されてしまうのはちょっと勿体ないんじゃないかと思う。

『稲妻よ、聖なる星をめざせ!』
キャサリン・アサロ/中原尚哉 訳/ハヤカワ文庫SF


『ロケット・ボーイズ』

本来は『遙かなる星の流れに』よりも先に取り上げる予定だったのだが、まあ色々事情がありまして(すっかり茅田砂胡にハマっていて)、順番が前後してしまった。言うまでもなく、映画「遠い空の向こうに」の原作である。ちなみに、本を買ったのは映画を観るより先で、どちらをまず(読もう/観よう)かと悩んだのだが、なんとなく小説の方が出来がいいような気がして、あえて映画を観るまでページを開くのを控えていたのだった。
まあ、私にとってはどちらもいい出来だと思うので優劣をつけるつもりはあんまりないのだが、まず小説と映画の違いを以下書き留めておこう。

他にもストーリー全般にわたって違っている箇所があるのだが、あんまり詳しく書くと未読あるいは未見の方の興を削ぎそうなのでやめておく。全体的にこれほどの内容をよく90分ちょいの映画としてきっちりまとめあげたものだ、と感心した。

しかし、思うんだけど私は一体なんでこうも簡単に感動してしまうのであろうか。――いやもちろんきっと心が清らかな(ぷぷっ)為であるのは容易に予想できるし、映画では観客を「泣かせる」演出をしていることもあるのだが、しかしそれにしても。ちなみに映画では主人公達が自分たちの手で秘密基地を建てようとするところで既に涙が出てきてしまったあたり我ながら本当にダメダメである。きっとこの作品は心の奥底のかなりクリティカルなところをついたんだろうなあ。自分がSF者であるとは全然思わないけれど、宇宙への憧れがまだあるんだということがわかって、なんだかとてもなつかしく、そして嬉しかった。

『ロケットボーイズ』
ホーマー・ヒッカム・ジュニア/武者圭子 訳/草思社


『遙かなる星の流れに』

ふと、なんとなく、〈デルフィニア戦記〉(以下、デル戦と略す)を読もうと思い立った。試しに、1巻と2巻を買ってみた。

それが、命取りだった。

とはいうものの、最初の頃はどうでもいい話だと考えていた。妙に性格のいい王様が出てくる大河歴史ロマン(しかもファンタシー)って、あんまり好きじゃないのだ。1巻を読了した後に、こういう話を延々と読むことになるのかあ、と、ちょっとげんなりした。翌日になって2巻目も読了したが、感想はやっぱり同じだった。が、まあ、もうちょっと我慢して読んでみようと、3巻はとりあえず買っておくことにした。だが、次の日それを読み始めてみたら、突然ページをめくるスピードが速くなった。基本的に本は会社に行き帰りする途中の電車で読むことにしているのだが、行きの電車で3巻のほとんどを読み終えていたのである。

なんとなく、イヤな予感がした。

……そんなわけで、この日は念のため2冊(4巻、5巻)買っておくことにした。そして、案の定、帰りの電車で4巻を読み終え、翌日の行きの電車で5巻を読了していた。

ものすごおおおおおおおく、いやあああああな予感がした。

……鞄を重くするのは本意ではないのだが、思い切って3冊(6巻、7巻、8巻)購入した。まあこれでよっぽどのことがない限り、なんとかなるだろう。

よくよく考えたら、今日は金曜日だった。つまり、翌日は休日。

しまったああああ、仕事について何にも考えなくていいじゃないかああ。どうしよう、一晩保つのかしらああああああ。――もちろん保つはずもなかった。帰りの電車で6巻を読了し、帰宅後(心理的には)ほとんど一瞬で7巻、8巻を読了してしまったのだった。つまり、バッテリーが切れた。充電しようにも時刻はすでに深夜。書店はとっくにしまっている。お、おれのエネルギーは明日にならないと手に入らないのかよおおおお。
まあ、ジタバタしてもはじまらないので、自らをサスペンド状態にしてその場の飢えをしのぐことにした。つまり寝た。
そして、翌日書店へ行く途中はたと考え込んだ。

「今日は何冊買えばすむだろうか」

まあ、4冊から5冊も買えばなんとかなるだろうが、油断は禁物である。しかも、近くの書店をのぞいてみたのだが、デル戦が全然揃っていない。しょうがないので、秋葉原にある某書店(デル戦が全冊平積みされている)へ行くことにしたのだが、しかし、これってもしかして明日も行かなきゃならないの? めんどくせー。ならば、思い切って残り全部を買った方がいいんじゃないか。そういうわけで、9巻から18巻まで、つまり10冊をレジへ運び、息を切らしながら帰宅の途についたのだった。むろん、途中で9巻はすでに読了してしまったのは言うまでもあるまい。そして、自宅でもその勢いは止まらなかった。いや、どんどん読み進んでいくんで、自分でも怖ろしくなりましたですよ。読み終わると「とりあえず、次、次を読んだら一息つこう」と思って残りの本に手をのばし、それも終わると「一息つくのはもう一冊読んだら」……以下繰り返し。きりがない。
が、まあ、幸い(?)なことに、ひとつ用事があったため、かろうじて13巻を読了した後、区切りをつけることができた。よかった、一時はどうしようかと思ったよ。残りは翌日に回すことにしたのだが、まあ、一旦読みはじめればすぐに最後まで読むことができるだろう。
と、油断していたのが、ついうっかりOSの入れ替えなんていうアホなことをしてしまったため、作業が夕方まで続き、14巻を読み始めたのは、午後9時からだった。こりゃあ、今日は最終巻まで読むことはできないかなあ、とか思った。

これが希望的観測にすぎない、ということをこの期に及んでもまだ気が付かなかった私はやっぱりバカなんでしょうか?

深夜、内心悲鳴をあげながら、私はデル戦のページをめくっていた。だって、だってえええええ、このまんじゃ、最後まで読まずにはいられないじゃないかああ。ページをめくる手がとまらないんだよおおおおお。あの、あの、明日は会社があるのよ? あんまり、夜更しすると翌日に響くのよ、わかって? だからお願いだから、もうちょっと話のテンションを下げてよおおおおおお。作者のばかあああああ。ま、無理でしたけどね。最終巻を読了したとき、時計の針は午前2時を指していた。

で、ようやく、このシリーズの感想が書けるところまでたどりついたのが、まあ、あれですね、とにかくシャレになってませんね。これって、読みだすと、体力と金を著しく消費しますね。禁断症状も出るので、ほとんど麻薬と一緒か。ただ、麻薬中毒は際限ないですが、デル戦は18巻で終わるので、そういう意味ではいたって安全。安心して、読むといいだろう。私は、全巻読破したので、以後、平和に毎日を過ごせるってもんです。ああよかった。

……って、あのー、なぜか手元にデル戦の画集があるんですが(しらじらしい)。しかも、外伝が収録されているとか。あああ、はやく読まなくてはああああああ。こうしちゃいられない。こんな駄文を書いているヒマなんてないんだよ。じゃ、この辺で。ちなみに、茅田砂胡の新シリーズである『スカーレット・ウイザード』をすでに買ってしまったのはヒミツだからよろしく(まだ、中毒症状は抜けていないらしい)。

『遙かなる星(とき)の流れに 上 デルフィニア戦記17』
『遙かなる星(とき)の流れに 下 デルフィニア戦記18』
茅田砂胡/中央公論社C★NOVELS


『彗星パニック』

ってことで、第一弾はなんと、「SFバカ本」である。このアンソロジーって実はいっちばん最初(「たわし篇」)のしか読んでいなかったりする。それもハードカヴァーで出ていた頃の。今となっては、内容自体すっかり忘れてしまっているのだが、とにかくつまらなかったことだけは覚えている。そうそう、下品だったら面白いとは限らないものであるなあ、とかしみじみ思ったっけ(ただし、森奈津子「哀愁の女主人、情熱の女奴隷」は面白かったような。無論今となってはどういう話なのかはさっぱり思い出せないのだけれども)。そんなこんなで結局今まで、『〜白菜篇』以降の「SFバカ本」は全く読んでいない。
で、今回どういうわけか、うっかり『彗星パニック SFバカ本』を買ってしまった。一説にはレジで金を払うまで自分が手にしている本が「SFバカ本」だとは気が付かなかった、という噂もあるらしい(汗)。とは言っても、買ったとしても本当に読むとは限らないのだが。ただ、とある後輩が「面白かった」と言っていた(今年度の国内ベストSF短編だとまで言っていた)こともあり、今回思い切ってページをめくってみた。

……おお、面白いじゃないですか。特に気に入った作品としては「電撃海女ゴーゴー作戦」(牧野修)、「つるかめ算の逆襲」(東野司)、「江戸宙灼熱繰言」(いとうせいこう)の3編か。これだけで十分本代はペイでき、お釣りが来るくらいの内容だ。なかでも、「つるかめ算の逆襲」は一番のヒットだった。どれくらいヒットだったかというと、食事中に読んでいて、あまりにものおかしさのあまり吹き出しそうになってしまったくらいだ。こういう話こそ「バカSF」と呼ぶのに相応しいと思うのだがどうだろう。「江戸宙灼熱繰言」については確かに面白いのだが、元にしたネタ多分あるはずで、それを知らないと真の面白さはわからないんじゃないかという気がする。無学で無知な私は全然そのへん全然知らないので、この話をイチオシにするのはちょっと恥ずかしいのであった。
しかし、今回読んでいて思ったんですが、作中で作者が「これはギャグです」と宣言する類の話はダメだと思いますね。集中で一番気にくわなかったのが「手仕事」(久美沙織)なんだけど、ストーリー自身はさておいて、妙にメタな言及(作者が読者に語りかけるような記述)が多いのだ。まるで、作者が「これって、おバカな話だから笑ってね」とか読者に頼んでいるかのような。つまりそれって作者がストーリー自体でウケをとる自信がないことのあらわれではないかと思うのだ。
この観点に立つと、登場人物が読者に語りかける箇所がある「電撃海女ゴーゴー作戦」もどうかと思うのだが、まあ物語の性格上これは別にいいのかなあ。

『彗星パニック SFバカ本』
岬兄悟・大原まり子編/廣済堂文庫


Last Update : 2000/05/15
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