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読書メモ(2001年6月〜)


『ふわふわの泉』

参った。脱帽。まさか、ここまで作者がやりたい放題やっているハードSFを読めるとは。
本書を読み始めた時の印象については5月25日の近況で触れているので、そちらを参照していただきたいのだが、当時懸念していたのは、SF部分はともかくとして、物語の背景部分のリアリティを手抜きして、果たしてまっとうに面白くなるんだろうか、ということだった。つまり、本書はふわふわという新素材によって次第に社会が変わっていく話のはずで、そのくせ肝心の社会描写が書き割りじゃしょうがないじゃん、などと思っていたのだ。そんなわけで、当初はこの欄で色々悪口を書いてやろうとあれこれ考えていたのだが、読み進むうちに、自分の予想は見当はずれだったのではないかと思うようになってきた。っていうか、作者は社会の変容自体にはさほど興味は持っていないのではないか。

結局の所、本書の持ち味は、様々なネタを逐次投入し、それを惜しげもなく捨て去ること、そのものの快感にあると思う。例えば、冒頭一発目で、専門用語(味噌汁ネタ)を出し、「キッチンは化学実験の宝庫」云々とか書いておいて、その後フォローは全くない。さらに、ふわふわの製造過程をめぐって主人公二人は試行錯誤するエピソードがあるのだが、十数ページ後にあっさりと方法が確定され、あとは一気に会社設立・ふわふわ量産まで突っ走ってしまう。その他、空中のコミューンとか霧子とか、美味しそうなネタがたっぷり出てくるがそれらもあっというまに消費し尽くされ、すぐに別のエピソードが立ち上がる。ハードSF的もったいないお化け製造小説というかなんというか。

さらにもう一つ特筆すべきは、これほどがちがちのハードSFであるのにも関わらず、最終的にはファミ通文庫というレーベル内に収まっているということだ。これは多分キャラクタの使い方によるもので、一見すると極めて類型的な人物描写なのだが、使い方はかなり計算尽くされている。本書においてハードSF的な描写を行う時は、同時に人物も読者に印象を残すような行動を起こさせている。露骨なのが、ふわふわが詰まったサイロに沈みそうになった主人公二人が服を次々と脱いでいくあたり。萌え要素を利用して、読者をハードSFの世界に引きずり込んでいく手法をここまで露骨に、しかも効果的に扱えるのは、多分この作者くらいだろう。ただ、ふわふわを使って宇宙へいくための方法の解説はキャラ萌えを一切利用せず、ダイレクトな描写にとどまっているし、イラストもついていない。多分、ここだけは余計な小細工をせず、読者が作中の説明をてがかりにして、それぞれの頭の中で宇宙旅行手段を思い描くように誘導したかったのではないだろうか。ただし、後半部分では、島の大統領と主人公泉とのやり取りが絶妙で、宇宙への行き方などがちんぷんかんぷんだったり宇宙そのものへの思い入れがなかったとしても、二人のやり取りを追っているうちに自然に宇宙への理解が進むように作られているあたりはさすがである。

ただ、ここまでやるんだったら、『楽園の泉』以外の参考文献も巻末に載せてほしかった。いや、あとがきで科学書がずらずらと並ぶことが、売り上げにどう反映されるか、という問題はあるでしょうが。それはともかくとして、今年のSFを語る上で、欠かせない一冊であると断言できる。次作が実に楽しみだ。

『ふわふわの泉』(野尻抱介/ファミ通文庫)


『ペロー・ザ・ドッグ 全ファイト』

「第2回日本SF新人賞」選考会において、大賞を『ドッグファイト』『ペロー・ザ・キャット全仕事』どちらに与えるかで審査員の間で意見がまっぷたつに割れた際に、「そんなにどちらも甲乙付けがたいのなら、いっそのこと一冊にまとめてしまえばいいんじゃない」という小松左京の鶴の一声で制作が決定した小説がついに刊行の運びとなった。

舞台は、遙か未来、遙か彼方の銀河系にある惑星ピジョン。そこではなぜかフランスはパリそっくりで、しかもサイバーパンクな街が存在した。主人公は犬と交信する特殊能力の持ち主であるペロー。彼は、犬から得た様々な情報を売り歩くきままな生活を送っていたのだが、あるとき地球からやってきたギャングたちと戦うことになってしまう……。

作者がお互いの作品を足して2で割るという途方もない手順で作成された本書だが、ここに至るまでは様々な紆余曲折があったらしい。まず、主人公とその動物をどうするか、というところで二人は散々もめたという。当然、谷口裕貴は犬をメインに持ってくるべきだと主張し、吉川良太郎は猫とその属性である自由にこだわりを見せた。ただ、『ペロー・ザ・キャット〜』では自由自由と連呼したり主人公が猫になったりするものの、結局動物としての猫自体に愛着はなさそうだし、審査員の一人である神林は「こんなの猫じゃない」といたく不満だったこともあり、本書では犬をメインに扱うこととなった。その代わり、主人公はなにものにもとらわれない自由を愛する性格を持たせ、名前をペローとしたという。また、クールでテクニカルな小説を愛する吉川としては、読者を泣かせるためだけに動物(すなわち犬)を殺すようなストーリイは我慢できなかったので、基本的に一匹の犬と主人公の友情という面に絞り、その他の犬は全部削った。また、犬をはぐれものとすることで、押井守が喜ぶのではないかという読みがあったらしい。
一方谷口は『ペロー・ザ・キャット』の主人公がロクに活躍せず、物語を引っ張らない消極的な人物であることにいたく不満を抱いていた。また、伏線を張った直後にそれをエピソードに使ってしまう安直な展開や、暗殺者を部屋におびきよせたにも関わらず、中にいた見知らぬ猫を警戒しない女といったようなツッコミ所満載のストーリーなどは全て削らせ、あくまでも侵略者VS反乱軍+主人公+犬という構図にすることを求めたという。

こうして、できあがった小説が果たして二作の欠点を補う出来になったのか、あるいは両作品の欠点が二乗された結果になったのかは、なんともいえない。ただ、日本SFの復活がこの二人の作者の肩と一冊の本の評判にかかっているのは確かであろう。本書がどのように評価されていくか、固唾を飲んで見守りたい。

『ドッグファイト』(谷口裕貴/徳間書店)
『ペロー・ザ・キャット全仕事』(吉川良太郎/徳間書店)


『ノービットの冒険 ――ゆきて帰りし物語――』

 まずは何といってもあの、「推薦 浅倉久志」と書かれた帯について述べるべきだろうか。この帯につらるような人は、そもそも青背で訳者が浅倉久志であるという時点で買うはずなのだが、と首を捻りながら本書をレジに持ってゆき、会社の帰りに早速読んでみることにした。
 そして、読み進めていくうちに思ったのだが、これが実に面白い。もしかして浅倉は心の底から推薦したかったのではなかろうか、と思った。

 本書を語る場合、避けて通れないのが、この小説が土台にしたテクスト――即ち『ホビットの冒険』だろう。これが好きな人は、例えばガンダルフやドワーフ達、そしてゴクリ(スメアゴル)がどのようにして出てくるか、というあたりに楽しみをみつけることができるはずだ。
 しかし、思うのだが、作者が目指しているのは決してセンスのいいパロディ小説ではない。むしろ、トールキンが作り出した伝説を下敷きにして、魅力あふるるスペースオペラを創造することにあったのではないか。

『ノービットの冒険 ――ゆきて帰りし物語――』


Last Update : 2001/06/25
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