«スター・トレック イントゥ・ダークネス 最新 GODZILLA ゴジラ(2014)»

発狂する近況


2014/07/22 [映画] 最近観た映画 2014年夏編

映画はもうほとんど観ていないのだが、夏に限ってはそこそこの頻度で映画館まで足を運ぶことがある。
ということで、最近らへんで観た映画の感想をざっと書いておきたい。

X-MEN: フューチャー&パスト

ブライアン・シンガー復帰作。
対ミュータント兵器であるセンチネルの攻撃が熾烈を極めた未来。存亡の危機に立たされたミュータント達は、ウルヴァリンを過去に送り込み、センチネル誕生のきっかけとなったある事件を防ごうとするのだが……。

基本的には、過去編である「X-MEN: ファースト・ジェネレーション」のキャスト陣がメインとなり、未来世界では3作目(「X-MEN: ファイナル ディシジョン」)までのキャストが登場することになる。未来編でマグニートーが出てくると、最早、「一体なぜこんなところにガンダルフが?」という感想しか出てこない。
過去と未来がごっちゃになりつつ、最終的にはあまりすっきりしない内容になっているのだが、そこに無理やり大きなスペクタクルを付け加えて、なんか壮大な雰囲気に仕立てあげている(ファースト・ジェネレーションも同様だったが)。本質的には地味な作品だと思うのだが、それでも、きっちり大ヒットしているアメリカはすごい。

あと、キャスト的にはファースト・ジェネレーション世代で行きたいところなんだろうけれど、そうすると話は全部過去よりになってしまうんだけど、その辺はどうするんだろうか。次作も過去メインっぽいらしいが、その後は徐々にジェームズ・マカヴォイ&マイケル・ファスベンダーを老けさせていくのかなあ。

ゴジラ デジタルリマスター版

ハリウッド版(というか、ギャレス・エドワーズ版)GODZILLA絡みということみあり、晴れて劇場で公開されたと思われる本家第一作。
内容について語れることは最早あまりないのだが、観ていてしみじみ思ったのは、1995年の「ガメラ 大怪獣空中決戦」って、本作をものすごく意識していたんだな、ということ。
当時、「ガメラを利用してゴジラを撮った」という批判を誰だったかがしていた記憶があって、てっきりリアルで大人向けな描写のことだと思っていたのだが、映画の骨格自体がゴジラだったのね。

特に序盤は本当にそのままで、「船が何者かに襲われる」→「嵐の夜、離島で何者かが上陸し、多数の被害が出る」→「学者が現地調査に赴き、怪獣を発見」→「怪獣が本土に上陸」と、綺麗にゴジラと同じ展開になっている。

キャストの構成も同じで、特にガメラの主人公である米森良成(伊原剛志)が、婿養子的な立場なのはなんなのだろうと思っていたのだが、これはゴジラの主人公である尾形秀人(宝田明)を意識していたのだろう。
その他、ゴジラのヒロイン 山根恵美子(河内桃子)が ガメラでは、草薙浅黄(藤谷文子)となり、ゴジラで生物学者として登場した山根恭平(志村喬)は、ガメラでは長峰真弓(中山忍)となる。 では、オキシジェン・デストロイヤーを発明した芹沢大助(平田昭彦)に対応する者はというと……これはガメラそのものなんだろうな。

今回の「GODZILLA」や「パシフィック・リム」のヒットで、怪獣映画の本場はハリウッドに移ってしまいそうな勢いだが、日本ではせめて、ガメラあたりをまた作ってほしいんだけどなあ。

オール・ユー・ニード・イズ・キル

桜坂洋による小説が、晴れてハリウッドにより、トム・クルーズを主演に据えての映画化。自分は原作は未読なのだが、どうも基本的な設定(エイリアンに襲われた未来、パワードスーツ、タイムループ)は一緒だが、キャラクターは色々違うっぽいようだ。
原作ファン的には、映画版ヒロインのリタ(エミリー・ブラント)が、ガタイのイイおねーちゃんであることに違和感があるらしいが、初見の身からすると、逆に華奢すぎないか? と思ってしまう。
また、トム・クルーズ演じるケイジが当初ダメダメな男だったのが、徐々に精悍な顔つきになっていく様はお見事というしかない。

現代における宇宙人による地球侵略モノ映画は、どうしても視覚的にゲームライクになる傾向にあるようで、例えば「世界侵略: ロサンゼルス決戦」あたりは、もうFPSそのまんまの絵作りになっていた(おそらく「インデペンデンス・デイ」あたりからもうゲームっぽいんだろうけれど)。
で、本作でも、パワードスーツの存在など、絵的にもゲームっぽいのだが、そもそも物語構造的にもゲームを意識した内容になっている。つまり、映画中で主人公が殺されるたびに元に戻り(タイムループし)、その経験をもとに新しい物語が広がっていく構造が、まさにゲームと言えるだろう(復活ポイントが同じというのは、今となってはクソゲー呼ばわりされてしまうかもしれないが)。

ただ、必ずしもゲームゲームしているわけではなくて、主人公とヒロインが、ヨーロッパの田舎道を車で走り、小屋に立てこもるあたりは、終末を迎えた世界と相まり、独特な雰囲気があってとてもよかった。


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