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発狂するバックナンバー(2000年9月後半)

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〔2000/ 9/16〕

夕方頃、ぼんやりとWebページを眺めていたら、どうも今日は「マルコヴィッチの穴」の先行オールナイトあるらしいということが判明する。おおお、9時過ぎかららしいじゃないですか。これは行くしか。
ってことで、突如雷雨の中渋谷に向かうことにする。いやああああああ、駅に向かって歩いている時、頻繁に大きな雷の音が聞こえてきて、めちゃくちゃ怖かったですよ。死ぬかと思った。ただ、場所が渋谷東急ということで、一旦電車に乗ってしまえば後は一切外へ出ることなく劇場に入ることができるので、その点はよかった。
そんなわけで、こんな天気の中、わざわざマルコヴィッチになりたがる酔狂な人はたいしていやしないだろうと思っていたのだが、いざ劇場に着いてみると意外と混んでいてびっくりした。一瞬座れるんだろうかと不安になってしまった(まあ、さすがにそこまでの数はいなかったらしく、結局あっけなく席を確保することができたけど)。
上映中では、あちこちから笑い声や場合によっては拍手まで起きていて、なんか妙に雰囲気がファンタぽかった。多分、ファンタ常連の人が何人も来ていたのだろう。やっぱり渋谷では東急文化会館に籠もるに限るなあ。……なんてことを含めてとても面白い映画でした。詳しくは後日レビューをアップするということで。いやしかし、キャメロン・ディアスはすごいと思った。


〔2000/ 9/20〕

更新さぼっててすみません。特に忙しいわけじゃないしネタが無いわけじゃないんだけど、どうも日記やレビューを書く余裕がなくって……。
ところで、文庫版『光の帝国』が出ましたね。私にとっては、恩田陸の作品のうち、『六番目の小夜子』に次いで好きな小説であったりする。で、久しぶりに再読しようかしらんとか思ってなんの気なしに久美沙織の解説を読んだのだが……な、なんだこの最低の文章は。そもそも出だしの「小説のタイトルは、はやり歌における十五秒CMで流すサビの部分のようなもの」あたりからかなりヤバい雰囲気が漂っているのだが、この調子で延々8ページにも及ぶ駄文を読まされるハメになるとは。
久美沙織は当初大原まり子より『光の帝国』を勧められたのだが、タイトルに抵抗を感じてしばらく食わず嫌いのままでいたらしい。それはまあいいのだけれど、久美は『光の帝国』は以下のような物語だと思いこんでいたのだという。曰く、

「人類未来史が数万年単位で語られて、あっち側の銀河の果てまで舞台が広がって、帝国軍と反乱軍だかがさんざんドンパチやりながら、最後はやっぱ光が勝つんだろうな」等々。

ふつう、人に本を推薦されるときは同時にジャンルやおおまかな粗筋も同時に説明するはずだろう。久美沙織はまともに大原まり子の話を聞いていたんだろか? でもまあ実際に読んでみたら久美が想像したどうしようもなく陳腐な物語とは全く違うということがわかったそうです。誤解が解けてよかったね。だからなに? って気もしますが。ついでに、タイトルの説明もしてくれてます。「副題に『常野物語』とあるが、トコノ、と読む」
……あー、久美沙織さん、ハードカバーでも文庫でもいいから表紙を見て下さい。ちゃんと「常野物語」のところにルビが振られてます。わざわざ説明しなくてもいいんです。あの、ちゃんと手元にテクストを置いて解説書いてますか? ついでに言うと「常野物語」の読みは「トコノ」じゃなくて「トコノモノガタリ」ですから。それから、久美さんは、この副題から「遠野物語」を意識したものだろう、とかおっしゃってますが、しかしそれならきちんと具体的に両者の関係を述べるべきではないんでしょうか(東北地方が話に関わりを持っていることくらいしか共通点を挙げてません)。っていうか、『遠野物語』よりもなによりもまずは恩田があとがきで関連があると明言している「ピープル」シリーズについて触れるべきだと思うのだが、これに関する記述は一切無し。久美さああああん、あの、「ピープル」シリーズは読んでいらっしゃいますでしょうか? ……といったようなツッコミをいともたやすく入れられる白痴的な文章のオン・パレード。恩田陸について「それにしては思弁的すぎる。女流作家のウリである(はずの)感性や情念に頼りすぎない」とか書いちゃったり、「身体性の希薄さは、精神の上位を導く。魂には本来ちんちんもワギナもないから、思弁的存在が中性的になるのは、ごく当然のことである」とか実にイタい記述があったり、っていうかこれはどうも恩田作品におけるキャラクターに関して言っているらしいのだが、つまり恩田陸は人間をリアルに書けない作家だと遠回しに言いたいんでしょうか。あと、恩田陸は「『確かに、シンドイけど、わたしたちはそんなふうに生まれちゃってるんだし、この世界にしかいることができないんだし、だったら、生きていることをステキにしなきゃ!』と言ってくださるんである」んだそうだけど、だったらなぜ解説の最後で「人間なんてしょせんこんなもんさとウソブいてその『こんなもん』に染まってしまうくらいなら、人間やめたっていいじゃないですか」ということになっちゃうんでしょうか。生きていることをステキにしようとするなら、人間やめなくていいのではないかと思うんですか

なんかもう、呆れるほど意味不明な解説だ。前後不覚になるほど酔っぱらった人が締め切りに間に合わせるために無理矢理でっちあげた文章って感じがする。


〔2000/ 9/21〕

久美沙織が書いた文庫版『光の帝国』のゴミ解説を読んでしまったショックからまだ立ち直ることができていない。この小説にはかなり思い入れがあるだけに、ほんとガックリです。恩田陸も、もうちょっとマシな人を選んでくださいよ! いや、選択したのは出版社側なのかな。
そんな中、『シグマの誓い』(ロブ・キーン/酒井武志訳/早川書房)をようやく読了した。多分詳しいレビューを後で書くはずなので、内容紹介および感想はとりあえず省略。結構面白かったです。


〔2000/ 9/23〕

『海底密室』(三雲岳斗/徳間デュアル文庫)を読了する。これは日本SF新人賞を受賞した「『M.G.H.』につながる本格SFミステリー第二弾」(帯より引用)ということらしい。ただし、『M.G.H.』で登場した鷲見崎凌、森鷹舞衣のコンビは登場しない。今回の主人公は鷲見崎遊と彼女が所有しているアプリカント(御堂健人)だ。名字を見る限り鷲見崎凌と鷲見崎遊には血のつながりがありそうなのだが、両者の関係に関して触れている箇所はなかった、と思う(読み飛ばしちゃっているかも)。両作品のつながりはまた別の機会に語られるのではなかろうか。ただ、アプリカントに関する描写を見る限りどうも時代的には『海底密室』の方が先のようだ。
内容に関しては、作者は「SF Japan」で『M.G.H.』について神林長平が指摘した箇所(「物質次元では説明できない人の世の喜びを体験できない」主人公を設定に関することなどなど)をかなり意識して書いたようだ。なにせ今回のホームズ役の片割れは人工知能なわけですし。この辺りから派生したテーマと「海底」「密室」という要素が絡み合い、かなり読みごたえのある物語になっていると思う。ただテーマにこだわりすぎたせいか、『M.G.H.』にあるようなシチュエーションの面白さみたいなものは感じられないのがちょっと残念。あ、それからいかにも「エヴァ」っぽくなりそうネタであるにも関わらず、読んでいる間は全然それを意識しなかったのは評価してもいいかもしれない。


〔2000/ 9/24〕

どうもよっぽどムカついていたようで、『光の帝国』の解説について田中@SFM11月号254頁3段目(*)さんに散々グチってしまう。おかげさまで、ちょっとスッキリしました。ついでに、9月20日の記述も改稿しておくことにしよう

*:(c)鈴木力さん


〔2000/ 9/30〕

東京ファンタのチケットを買いに行く。で、一応観たい映画のチケットを入手することはできたのだが、しかし、オープニングの「漂流街」が2階席になってしまったのは痛恨。くっそー……もっと早くに買いにいけばよかったー(と、毎年後悔するハメになる)。ちなみに、前夜祭のホラーオールナイトは1階席のそこそこいいポジションでこちらは一安心。なお、昨年「親指タイタニック」を観るためだけに本家「タイタニック」のビデオをレンタルしてきたという前歴を持つ後輩も参加するとのことで、果たしてゴキブリ大繁殖ホラー「ブラッダ」を正視できるか要注目だ。


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