Book of Days 10

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10月20日  ニセ500円玉とか混じってたら面白いのに

 『カムナビ』(梅原克文/角川書店)ようやく読了。とにかく、下巻が長かったー。でも上巻は結構好きなんですよ。物語がものすごく回り道しているような気がするけれど、次から次へと読者と主人公の鼻先に美味しそうな「謎」をぶらさげていく手法はお見事で、退屈することは全然ない。文章が下手という声もあるみたいだけど、そんなに気にはならなかったし。上巻は。ただし、これが下巻にもなるとさすがにつらくなっていく。特に痴話喧嘩とかどうでもいいエピソードは勘弁して欲しいと思った。まるで、超大作RPGをやっている時に突然質の悪いギャルゲーがまぎれこんでしまったような(笑:うーん、梅原風の例えを作るのは難しい)。
 ネタ的には話が進むにつれて、どんどんスケールが大きくなっていってなかなかいいです。個人的にはあのネタ一本で話をすすめてくれたらもっとよかったのにとか思うんですが。


10月15日  愛と哀しみの(しつこい)猫たち完結編

 『不思議な猫たち』を読了したので、思い切って収録作リストをつくっていたときに、ふと中村融の解説のタイトルが「猫たちの饗宴ふたたび」であることにようやく気がついた。わははははは(爆笑)。そうきましたか(そもそも、『魔法の猫』で山岸真が「猫たちの饗宴」というタイトルで解説を書いている)。しかし、10月8日でエラそーに解説の文章を引用しておいて、タイトルに全然気がつかなかったというのは、ひじょーにおバカさんですな。わははははは(乾いた笑い)。

 無論、このタイトルは神林長平の人気シリーズである《敵は海賊》の長編第2作のサブタイトル「猫たちの饗宴」から来ている。ここで私が言いたいのは、自分がいかに迂闊な奴であるかとか、博学っぽいところを見せたがるイヤミな性格をしているか、ではなくて、《敵は海賊》に登場する黒猫型異星系人アプロにちょっと思いをはせて欲しい、ということである。アプロといえばシリーズが進むにつれて、どんどん意味不明な存在になりつつあるが、初期の頃は、食い意地がはっていてすげー迷惑そうだけど、でも憎めない愛すべきキャラクターであった。神林長平の猫好きは有名だが(様々な作品で猫が登場する)、しかしなかでも《敵は海賊》におけるアプロの存在感が際だっているのは、単に猫を可愛らしい生き物ではなくて、ふてぶてしくて小憎らしいキャラクターとして描写したからだと思う(やっぱり、ピートやクラーラよりアプロでしょう)。
 ここで話題はふたたび『不思議な猫たち』に戻る。前作に続き今回の収録作も力作揃いでなかなか読んでいて面白かったのだが、なかでも一番楽しめたのが、アイザック・アシモフの「かわいい子猫ちゃん」なのであった。ここに出てくる猫が、これがまた、もー実に憎らしくて可愛くなくて、いいんですよ。いや、そういえば「かわいい子猫ちゃん」では、猫以外のキャラクターもロクでもない奴ばっかりだったけど。
 他の収録作に関しては、基本的に猫を可愛らしい生き物、あるいは高貴な動物ととらえて書いているため、余計アシモフの皮肉っぽい語り口と物語が際だっている(原題もいいです)のだが、よくよく考えてみると、こういう高貴さと嫌らしさという幅広いイメージを有している動物として、猫(とその眷属)っていう存在は実に小説向きなのだなあと、感じ入ってしまった。そういえば、「他言無用」(ジョン・コリア)もちょっと皮肉っぽいところがあったけど、少し物足りないかな?
 さて、次は犬の短編集らしいのが……うーん、犬だと、猫のようにバリエーション豊かな感じがしないので、結構ツライんじゃないかなあと思うんだが……さてどうなりますか。


10月13日  愛と正義のスーパーヒロインはみたび

 うっかり、森山祐子の写真集(「aube」/撮影:西田幸樹/ぶんか社)が今月出たということを知ってしまう。がああん、か、金がないのに〜、とかなんとか言いながら、思わず(ウソです。書店内を探し回っていました)買ってしまった。が、表紙を見たときに、ちょっとイヤな予感が。
 で、帰ってから写真集をひととおり眺めてみたら案の定、私の危惧は当たっていた。ああ、ほんとーにいわゆる写真集になっているよ(涙)。あたし、セクシーでオシャレなのっ! ってところですか? 写真家が自分の撮影技術をひけらかしているだけんじゃないか、と思われるものもなかにはあるのだが、写真てよくわかんないので、まあいいです。別にこういう類の写真集があること自体を否定する気には全然なれないし。でも、でも、帯に「『ゼイラム 1・2』主演」とか書いてあるのを見て買った人が楽しめる内容なのか? という疑問は湧いてくる。うーん、なんか想定している購買層と内容が食い違っているんじゃないかと思うんだが。私は、森山祐子の公式サイトにある写真の方が好きなんだけどなー。


10月11日  エヌ氏の恐怖

 言うまでもないことだが、現実とフィクションは違う。よく、現代人――特に若者――が両者を混同しがちになると心配、もしくは批判する人がいるようだが、そういう人こそが現実とフィクションの違いを全く理解していないのだ。例えばあなたが、ホラーを読んでいて一番感情移入するキャラクターってどういう性格をしていますか? やっぱ、頭のネジがひとつかふたつかみっつかよっつくらい抜け落ちているような人物ですよね。あるいは、廃人とか。つまりは、普段はつきあいたくない、というか道ばたで偶然すれ違うことさえも避けたいような人間もフィクションでは大人気になってしまうのだ(え? 私はそんなシュミはありません、ですって? おっかしいなあ)。
 『リアルヘブンへようこそ』(牧野修/廣済堂文庫)の面白さっていうのは、やっぱりそういった「感情移入」しやすい狂人が幾人も登場することにあるのではないだろうか? 牧野はあとがきで、サイコな恐怖よりも超自然的な恐怖にこだわった、みたいなことを書いているが、でも面白いのは超自然的な部分より、狂ってしまったキャラクターの描写なのだ。作者がうれしそーに、書いているのが読者の私にも伝わってきて、読んでいてつい頬が緩んでしまう(それに比べると、超自然的な恐怖はちょっと理に落ちちゃっているような)。やっぱり今回は(も)キャラクターの描写とあの会話につきるでしょう。私は『偏執の芳香』より好きです。できれば本文から何カ所か引用したいのだが、未読の方の興をそぎたくないので、ここではやめておく。一ヶ月後くらいにさりげなく何かのネタとして使おうかな。

 まあ、しかし、何度もいうようだけど、サイコな人が楽しいのはあくまでもフィクションの中ですからね。現実の世界では迷惑なだけなんですから、あんまりアホなことをしないよう、気を付けないと。


10月9日  あさきゆめみし……

 突然だが、あなたは、目が覚めて鼻血が出ていることに気づいたことはあるだろうか? 鼻から口元にかけて、生ぬるくて赤い液体がまとわりついているあの独特の気怠い朝を経験したことがあるだろうか? 実は、私はあるのだ。おそらくこれは体質のせいであると思うのだが、時としてなんの前触れもなく、つまりなんの理由もなく、突然鼻血が出ることがあるのだ。それも大量に。……うげー、きもちわるーい。あんたって性格どころじゃなくて体質も歪んでいるわけだね。っていう声がどこからか聞こえてきそうだが、しかし、歪んでいるのはどうやら性格と体質だけではないらしい。
 例えば、『アラビアン・ナイトメア』(ロバート・アーウィン/国書刊行会)の主人公バリアンも、目が覚めると鼻や口から出血していることに気がつく。つまり、毎朝出血しているわけで、果たして彼の体力が持つのか、貧血にならないのか心配になってくるのだが、もう一つ驚くべきことに、彼は毎晩実に「奇妙な夢」を見ているのだ。……それは不思議なリアリティを持ち、また幾重にも重なっている。夢から覚めたと思ったら、それもまた夢だったり、他人が夢を見ている夢を見ていたり……といった具合で、次第に現実と夢の領域が曖昧になってくる。さらには、物語が脇道にそれ、別のキャラクターの物語になったかと思ったらそれもやっぱりバリアンの夢だったりして、もう滅茶苦茶である。いやあ、メタですな。つまり、バリアンが真の意味で「覚醒している」とわかるのは目を覚ましたときに自分が血を流していることを発見した瞬間だけということになる。むろん、こういうメタな話の場合、それすらも夢の一部であると解釈することもできるわけだが、でも一瞬でもリアルを感じることができるのが自分の血だけ、というのは結構面白い。
 といった感じで、本書は露骨にメタフィクションであることを主張するが、同時にそれがアラビアの世界観とうまく融合し、読者の目の前に摩訶不思議な幻想世界を魅せてくれる。まさに「夢のような光景」なのだ。お勧めの一冊である。読むべし。

 ところで、私は夢をよく見るのだが、目が覚めると内容をすっかり忘れてしまう(夢を見たことだけは覚えているのだが)。これはもしかすると誰かが夢を盗んでいるのか……それとも「アラビアの悪夢」にかかっているのか……。うーん、なんか不安になってきた。ちょっと今日は自分の夢を取り返しに行くことにしよう。猫の父の館にでも訪れてみようかしらん。――それでは、おやすみなさい。


10月8日  愛と哀しみのスーパー猫たちもふたたび

 ちょっと本屋に立ち寄ったら、『不思議な猫たち』(ジャック・ダン&ガードナー・ドゾワ編/扶桑社ミステリー)が出ていることに気がついた。まともに書店をチェックしない己の努力不足を棚にあげて言うのもなんだが、最近自分の知らないところでこっそりと新刊が出回っているようで気味が悪い。ところで本書は、猫が出てくるSF・ミステリ・ホラーといったジャンルの短編を集めたアンソロジー『魔法の猫』の続編である。で、今回のタイトルに『不思議な猫たち』と複数形が使われているのはなんでかというと、解説で中村融が書いている

本書は単なる落葉拾いではない。最大の特色は、作品選択の幅を「ネコ科の生物全般」に広げた点。

というところに起因していると思われる。つまり、猫だけではなくって、他の生物も出てくるから「猫たち」なんですね。と、いうことはトラやライオンやチータや猫耳の美女や猫耳の少女や猫耳の……えーとえーと、なんでもいいや、そういうのも出るんですよきっと(多分でません)。
 ちなみに、のっけから「猫の創造性」(フリッツ・ライバー)でガミッチが再登場してくれて私は幸せです。アンソロジー全体の感想はまたおいおい。


10月7日  愛と哀しみのスーパーヒロインふたたび

 「エコエコアザラク THE SECONDのDVD-BOXの発売が12月23日であることが判明する。タイトルからわかるとおり、「エコエコアザラク TV版」の第二シーズンを収録しているもので、既にDVD-BOXで出ている第一シーズンと比べて、佐伯日菜子のキャラクターを全面に出しており、傑作が多いことで知られている(特に、「復讐」「魔女裁判」は必見)。セカンド・シーズンは確か秋に出るって聞いていたのだが、冬にずれこんだらしい。しかもよりにもよって、じゅうにがつにじゅうさんにちですか。それってつまり、クリスマス・プレゼントのつもり? クリスマス・イヴに「エコエコアザラク THE SERIES(←第一シーズン)を観て、クリスマスに「エコエコアザラク THE SECONDを観てねっ(はあと)ってことですか? ……わかったよ、観ればいいんだろみれば、みてやるさああああああああ。
 とか、ショックを受けているヒマがあったらとっとと予約しにいかなければ。そういえば、第一シーズンのDVD-BOXでは写真がついてきたんだけど、今回も何かくれるのかなあ。あと、映画版(I〜III)もDVD-BOXを出してくれるといいんだけど。


10月3日  ショックううううううう

 ふと本屋をのぞいてみたら、すでにSTARLOG第2号が出ていること気づく。おお、表紙がジェーン・フォンダだ。っていうことで、特集は「コスチューム・ヒロイン・グラフィックス」。私としてはもっとページ数をとって、ゆったりとしたレイアウトで読みたかったなあとは思うが、それでも様々なヒロインたちが集結している様は、なかなか壮観である。でも、どうせやるんだったら海外だけではなくて、日本人も載せてほしかったなあ。
 が、今回の目玉はオタク心をくすぐる(あるいは弄ぶ)美女たちではなくて、むしろ「マトリックスの正体を追え!」の方にあると思う。ここでは制作者のインタビューとともに、「マトリックス」初期の脚本が一部抜粋されているのだ。これがなかなかすごい。特にすごいのが、ネオがネットワークを使ってマトリックスやモーフィアスを探しているという箇所である(映画ではネオがモーフィアスを探していた、という話が出てくるのが、具体的な描写は省かれている)。ここで、他のハッカーがマトリックスとは何かについて話し合っているのだが、そのセリフが……「俺たちの生活をすべてコントロールしてるのが『マトリックス』なんだ」「それはMTVのことかい?」「違うよセガだよ」「セガ万歳!!!」(強調は引用者)
 ……そういう話かい! しかし、セガにはそんなご立派な力はないと思うんだけどなあ。
 それはともかくとして、この初期のオタクな脚本を見る限り、「マトリックス」ははじめっからオバカな話であったようだ。ということは、9月25日で書いた

「しかし、ああゆうノーテンキな話になったのは絶対プロデューサーの差し金だよきっと。話を難解にすると観客がついていけないから、とかなんとかいって脚本を書き直したに違いない」

という私の推測は、全くの見当違いであり、「マトリックス」はハナからノーテンキな映画であったということになる。いや、むしろ初期の脚本の方がよりアタマが悪そうだ。がああああああん。私のウォシャウスキー兄弟像がどんどんくずれていくうううううう。そんなあ。こうなったら、ウォシャウスキー兄弟は是が非でも「マトリックス2」でクレバーでインテリジェントなところを発揮していただきたいものだ。逆にもっとオタクな映画になったりして(すごくありそう)。


10月2日  東京ファンタ・チケット購入

 というわけで、ついに東京ファンタのチケットが発売された。そんな季節になったんですなあ。ちなみに、去年私は入院していたために、ファンタにはいけなかったのだが、何故かチケットは買ってたのであった。我ながらアホですな。しかも、「せっかくだから東急文化会館に並ぼう」とか考えて行ってみたらすげえ人の列で結局並ぶのを断念したというさらにアホな話があったりするのだった。どうせ行くんだったら前日から並ぶべきだった……。で、最終的には何故か池袋のチケットぴあで買っていたというよくわからないことをしていましたな。
 なんていう去年の醜態(奇行)を反省し、今年は川崎で我慢することにした。別に渋谷や池袋にこだわる理由はなにもないし(←うそ。本当は渋谷で並びたいんだけど体力がないもので)。川崎だったら、特に並ばなくてもあっさり買えるだろうとたかをくくっていたのだが……。
 が、映画の神様は純真な人間を弄ぶことに長けていらっしゃるらしい。10時過ぎに、私が川崎のチケットぴあに到着したときにはすでに長い列ができていたのだった。渋谷東急ほどではないが、今から並ぶと多分チケット購入まで30分以上かかってしまうほどの人数はいる。もう、呆然である。結局並ばなければならないんですか(ため息)。しかも、並んでいる人たちをよく見ると、なぜか女子高生まで混じっていて、これ本当にファンタの列なんだろうかと首をひねってしまった。多分、何かのコンサート等のチケット目当ての人もいるんだろう。くそう、あんたたちがろくでもないチケットを買っている間にオープニングのチケットが売り切れちゃったらどーすんのさああああああ。……とかなんとか思っているうちに、それっぽいお兄ちゃんが「サクラ大戦」を買っていくし(笑)……って笑っている場合ではない。さっさと並ばないといかんではないか。というわけで、あわててチケットの申込用紙を手に、列の一番後ろに並ぶ。
 さてと、とりあえずオープニングとホラー・オールナイトは買っておこうかね……というところで、ふと気がついた。
 ファンタのオープニングっていつだっけ?
 いや、いつもはファンタの上映スケジュールってチケットセンター等においてあるチラシを見ながら申し込みをしているんだけど、川崎にはそんなものはおいていないのであった。もちろん、あらかじめWeb上で確認はしているものの、私の脳味噌に日時のデータを格納するための領域はきわめて小さいのだ。つまり、なーんにも憶えてません。ど、どうしよう。自分がエセファンタファンであるという事実を噛みしめながら、必死でうろおぼえの記憶を引っ張っりだし、こねくりまわす。えーと、確か11月2日からだったっけかな? とかなんとかしている間に時間は結構たっていくのだが、列はロクに動いていってくれない。誰か申し込みで手間取っている奴がいるに違いない。くそう、お前のせいで俺のチケットが買える確率が低くなるんだぞ! とかイライラしながら自分の番をまつこと40分。この間の心理描写を延々続けてもいいのだが、読む方も書く方もかったるそうなので省略。話はようやく、自分の番が回ってきて、どきどきしながら受付のおねえちゃんに、用紙を渡したところから再開する。
 おねえちゃんは、用紙の内容を一瞥した後に、
「ええと、東京ファンタ……音楽祭ですね?」
 違います。映画祭です。 ……アニソンでも歌うのか?
 ……てな感じでいきなり東京ファンタスティック映画祭事態の確認作業にもたつき、数分が無駄に流れてゆく。しかし、私より前にファンタのチケットを買った人はちゃんと訂正しなかったんだろうか? 「サクラ大戦」の人はどうやって買ったんだ? しかも、オープニングが指定した日時にみつからないという恐れていた事態も起きてしまう。
「11月2日ですよね。ええと、そうなるとインド映画の……
「すみません、日時の記載間違えてます」(←正しくは、オープニングは10月30日の18時30分開演)
 ……とかなんとか、すったもんだした挙げ句にようやくチケット購入に成功する。しかし、結構時間がかかってしまったので、私より後ろに並んでいた人の視線がすごーくコワいのであった(逃げるようにチケットセンターから去っていったのは秘密だ)。

 ちなみに、オープニング(「特警新人類」)のチケットは11時頃には売り切れていた模様。結構、ぎりぎりでセーフだったようだ。香港映画って人気があるんだなあ。主演:ニコラス・ツェ、スティーブン・フォン、サム・リー、グレース・イップ……って聞いてもなんのことかわたしゃさっぱりわかりません。なお、後で後輩に電話したら、チケット獲得に失敗していたらしい。まとめて買っておけばよかったよ。


10月1日  だいぶ、涼しくなりました

 ようやく、10月である。なんで、ようやくかというと、別に9月が長かったわけではなくて、いまこの文章を書いているのが10月6日だからだ。9月の下旬の日記を埋めるために約一週間余計に消費しているわけである。実にもったいない。9月に起こったことなんてみんな忘れているので、適当にでっちあげただけなのに、何でそんなに時間がかかったんだろうか。それから、この日、すなわち10月1日になにがあったか憶えているかというと……なんかあったっけかなあ。なんにもなかったような気がするなあ。翌日がファンタのチケット発売開始の日なのでちょっと浮かれていたかもしれないなあ。ま、そんなところです。

 話はかわって、不幸な境遇の親子が出てきてですね、ビンボーな暮らしに耐えながら毎日健気に生きていくようなドラマってあるじゃないですか。で、そういう物語に出てくる息子って、たいていよくできた子で、いつも飲んだくれのとおちゃんに泣かされているかあちゃんを励ましてあげたりなんかするわけである。今は確かにつらいかもしれない。でもね、僕がおおきくなったら、きっと偉くなってかあちゃんをしあわせにしてあげるんだ! そんな抱負を語るわけですよ。で、かあちゃんはそんな息子を誇りに思いながら
「そうねえ、でもかあちゃんは、お金持ちなんかになれなくてもいいわ。毎日おまえの更新が見られればいいのよ」
「なに言ってんだい! ぼくが大きくなってウエブマスターになったら、みるみるうちにカウンターがまわりだして、一日1万や2万ヒットは当たり前になるんだ!」
「あらまあ」
「そうしたら、こんなみすぼらしい(余計なお世話だ)『Book Meter』なんか捨てて、僕が作ったごーじゃすでりっちなホームページにかあちゃんを住まわせてあげるよ! まっとうなレビューが盛りだくさんで、リンク集も今みたいな貧相(うるさいなあ)なものではなくて、とっても充実しているんだ」
「夢のような話だねえ」
「そして、毎日毎日、高尚で味わい深い日記が更新されるんだよ! うん、きっと僕はそんなページを作ってみせるよ!」
「そんな日がいつかはくるといいねえ」
来るんですかねえ。


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